2025年 | プレスリリース?研究成果
細胞の情報伝達を制御する足場脂質 -アレスチンと膜脂質の協調作用による受容体の細胞内取り込み機構-
【本学研究者情報】
〇薬学研究科 教授 井上飛鳥
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 細胞表面の受容体の取り込みを担うアレスチン(注1)が機能性膜脂質ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)(注2)と結合する新たな部位を見出しました。
- アレスチンとPIP2の結合により、細胞膜の微小領域が形成され、ここに受容体を局在させることにより、効率的に細胞内へ受容体を取り込む機構を解明しました。
- この成果は、PIP2とアレスチンの結合を標的とすることで、過剰な細胞内情報伝達が原因となる疾患に対する新たな創薬戦略につながることが期待されます。
【概要】
細胞はGタンパク質共役型受容体(GPCR)(注3)と呼ばれる細胞表面のセンサータンパク質を用いて、外界からの情報分子を細胞内に伝えます。この情報伝達の効率を調節する重要な仕組みの一つに、GPCRの細胞内への取り込み(内在化(注4))による情報伝達の収束があり、アレスチンというタンパク質がその役割を担います。アレスチンがGPCRと結合する際に、機能性膜脂質であるPIP2が関わることが報告されていますが、その詳細な分子機構は不明な点が多く残されていました。
東北大学大学院薬学研究科の倉本律輝大学院生?井上飛鳥教授(京都大学大学院薬学研究科教授を兼務)らの研究グループは、アレスチンがPIP2と結合する新たな部位を見出し、この結合によってGPCRをPIP2が多く含まれる細胞膜の微小領域に集積させることで、GPCRの内在化を促進させることを明らかにしました。本研究の知見は特定のタンパク質と膜脂質を標的とした創薬の新たな可能性を提唱します。
本研究成果は、2025年8月6日付けで科学誌 Nature Chemical Biologyに掲載されました。

図.アレスチンのNCサイトを介したGPCR内在化の制御機構
NCサイト変異体アレスチンを発現させた細胞では、野生型やCサイト変異体アレスチンを発現させた細胞と比べて、V2Rの内在化応答が低下した。本研究の一連の結果を総合すると、アレスチンのNCサイトはGPCR-アレスチン複合体を形質膜上のPIP2ドメインに集積させることで、GPCRの内在化を効率的に誘導する機構が想定された。この機構により、効率的にGPCRを内在化することができ、GPCRの情報伝達をシャットオフすることが可能となる。
【用語解説】
注1:アレスチン(βアレスチン、ベータアレスチン)
GPCRに結合する情報伝達制御タンパク質。定常状態では細胞質に存在し、GPCRにリガンドが結合して活性化構造になると、形質膜に移行してGPCRと結合し、GPCRの内在化を引き起こす。アレスチンには全身性に発現する2つのサブタイプ(βアレスチン1、βアレスチン2)が存在する。
注2:ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PtdIns(4,5)P2、PIP2)
形質膜に存在し情報伝達に重要な役割を果たすリン脂質。負の電荷を持っており、アレスチンの塩基性(正電荷)アミノ酸残基と結合することで(静電相互作用、注7参照)、GPCRとアレスチンの複合体を安定化させる。
注3:Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
形質膜に存在する受容体であり、ヒトにおいて約800種存在する。GPCRは特定のホルモンや代謝物(これら結合分子をリガンドと呼ぶ、注6参照)と結合することで活性化型へと構造変化し、主に三量体Gタンパク質をオンにすることで、さまざまな細胞応答を引き起こす。
注4:内在化
細胞が形質膜の一部を陥入させ、受容体を細胞内に取り込む過程のこと。GPCRの内在化は細胞の重要な情報伝達調節機構であり、受容体の一時的な無反応化(脱感作)や情報伝達の制御に関与する。
【論文情報】
タイトル:Membrane-domain compartmentalization of active GPCRs by β-arrestins through PtdIns(4,5)P2 binding
(日本語訳:アレスチンはPIP2と結合することで活性型GPCRを膜ドメインに区画化する)
著者:Ritsuki Kuramoto1, Tatsuya Ikuta1, Carlo Marion C. Carino1, Kouki Kawakami1, Miisha Kushiro1, Chihiro Watanabe1, Yasunori Uchida2, Mitsuhiro Abe3, Yasushi Sako3, Tomohiko Taguchi2, Masataka Yanagawa1, 3, Asuka Inoue1, 4*
1.東北大学 大学院薬学研究科 2.東北大学 大学院生命科学研究科 3.理化学研究所 開拓研究本部 4.京都大学 大学院薬学研究科
*責任著者:東北大学 大学院薬学研究科 教授(京都大学 大学院薬学研究科 教授を兼務) 井上飛鳥
掲載誌:Nature Chemical Biology
掲載日:2025年8月6日
DOI:10.1038/s41589-025-01967-4
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
教授 井上 飛鳥
TEL: 022-795-6861
Email: iaska*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
総務係
TEL: 022-795-6801
Email: ph-som*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています